第205話 42日目⑩
入口の洞窟。クビレの奥。夕食。続き。
カタグラ 「おお、それはおれも不思議だった。」
ナクモ 「不思議よねえ。」
ササヒコ 「これはシロクンヌからもらったヒスイだが、綺麗に穴が開けてある。」
アシヒコ 「手に取って、見てよいか?」
ササヒコ 「もちろんだ。見たい者に回してくれてよいぞ。
わしも不思議に思っておったのだが・・・サチは開け方を知っておるのか?」
サチ 「私も知らない。」
イワジイ 「例えば今日見つけたなぎ倒しの牙。
あれに穴を開けるのならとがった石を使うじゃろう?
それよりも硬い物をとがらせて、それで開けるのが普通じゃの。
ところがヒスイよりも硬くてとがった物などありゃあせん。
そこでじゃ・・・
ミツ、どうやるか分かるかの?」
ミツ 「さっき言っていた、ぶつけ合いと引っかき合い。
ぶつけ合いならヒスイはネフ石と並んでトコヨクニで一番でしょう?
引っかき合いではネフ石に勝つんだよね?
引っかき合いで、ヒスイに勝つ石はあるの?」
イワジイ 「ある!さっき話に出たヒスイ海岸。そこに打ち上げられるんじゃ。
ヒスイもそこに打ち上げられる。
そこは砂浜ではなく、砂利浜なんじゃ。
小石で出来た浜じゃよ。」
ナジオ 「さっきから気になっていたんだ。砂利浜なんてあるの?
おれ達の方じゃ砂浜か岩場か、それしかないよ。」
イワジイ 「あの辺りの浜はの、すぐ近くに高い山がある。
川が短いんじゃよ。
山の石が、川で砕けて砂になるじゃろう?
砂になる前の、小石の時に海に出てしまうのじゃろうな。」
シロクンヌ 「海から、雪山がすぐそこに見えるからな。」
ハニサ 「そこにはヒスイがごろごろしてるの?」
イワジイ 「いやいや、滅多にお目に掛かれん、珍しい石であることは変わりない。」
シロクンヌ 「嵐の後に行くと打ち上げられているとも聞いた。
だがヒスイと言っても磨かれる前の原石だから、くすんだ色で紋様も目立たん。
ヒスイだって、見分けるのは難しいんだぞ。」
イワジイ 「そのヒスイよりも、もっともっと珍しいのがそのコラ石じゃ。
ヒスイよりも硬い。
そして、重い。
同じ嵩(かさ)であれば、ネフ石と蛇紋岩の重さは同じくらいじゃ。
じゃから、見分けも付けにくい。
ヒスイはそれよりも、わずかに重い。
じゃかコラ石は、はるかに重い。はっきりと分かるほどにの。」
コラ石とは、コランダムを指す。
富山県のヒスイ海岸で、ヒスイ数十個に対し、
コランダム一個の割合で拾えるとも言われている。
ミツ 「分かった!コラ石同士をぶつけるか、コラ石とネフ石をぶつけるかして、
コラ石を細かい砂にするんだ。」
サチ 「そうか!削り砂だ。棒の先にまぶすんだね?それで錐もみするんだ。」
ミツ 「待って・・・ええとねえ、ただの棒じゃない方がいいよ。
篠竹(しのたけ)、そう篠竹がいい。」
イワジイ 「驚いたのう。まったくその通りじゃ。
篠竹に削り砂をまぶし、それで錐もみする。
実際はその他にも道具を使うが、理屈は合うておる。」
「おお」と言う歓声があがった。
フクホ 「やっぱりミツは賢い子だよ。サチも賢いね。」
カザヤ 「棒自体は硬くなくていいのか。
むしろ、形が大事な訳だ。(ストロー状の物を使うという意味)
接地面が少ない方が削れるからな。」
イワジイ 「コラ砂を使わずに、ただの砂でやっても削れんことはないんじゃが、
恐ろしく時間がかかる。(砂に含まれる石英は、ヒスイより硬度がある)
じゃが、コラ石が見つけられんで、そうしておる者も多いんじゃぞ。
硬度とは、引っかき合いの強さ。
ぶつけ合い=靭性じんせいなら、ヒスイはダイアモンドよりも堅い)
見つけたコラ石は、親にも渡しはせんでの。
村には持ち込まずに、森に隠しておくんじゃよ。」
サラ 「それは、他の人よりも、上手に加工をしたいから?」
イワジイ 「そういう事じゃ。腕のいい職人のもとには、いい原石が持ち込まれるじゃろう?
職人であるからには、いい原石と向かい合いたいんじゃよ。」
シロクンヌ 「これは抜け駆けしたいというんじゃないんだぞ。
何と言えばいいかな・・・
そうだ、普通、墓には故人が大切にしていた物を一緒に納めたりするだろう?
お気に入りの服とか、装飾品とか。
カワセミ村の石工は、自分の墓に、何を一緒に納めてくれと望むと思う?
オジヌはどうだ?」
オジヌ 「自分が作った作品?斧石とか、ヒスイ玉とかの。
丹精込めて、磨き上げた石達。」
シロクンヌ 「サチは?」
サチ 「私もそう思う。」
シロクンヌ 「うん。普通、そう答えるよな?おれだってそうだ。
ハニサはどう思う?」
ハニサ 「砥石と削り棒と原石?
あたしなら、焼き上がった器より、なまの粘土だもん。」
シロクンヌ 「そうなんだ。やっぱりハニサには分かったな。
おれたちは普通、自分の作品って思うよな?出来のいい作品って。
ところが筋金入りの職人っていうのは、違うらしい。
死んだ後にも、仕事がしたいようだぞ。
それだけ仕事が好きで、誇りを持っておるんだな。」
発掘調査により大量の石器類が出土した。
石斧の原石、未完成品、完成品。
ヒスイ原石、玉未完成品、完成品。
その総数20万点以上。
そこは、竪穴住居跡をともなった村落遺跡であり、まさに石の加工村だったと思われる。
そして、いくつかの土壙墓(どこうぼ)からは、
石斧原石と砥石、ヒスイ原石と砥石が出土したと言われている。
これに対し、土壙墓からの完成品の出土は、極わずかであったらしい。
何を隠そうこのエピソードを知った時、わたくしダケカンバは、
縄文GoGoの執筆に思い至ったのです。
ものづくりNIPPONの精神性は、5000年前にしてすでにこのレベルであった!
ヌリホツマ 「いい話じゃのう。」
ササヒコ 「まったくだ。このヒスイも、ただの綺麗で珍しい石という訳ではなく、
職人の思いのこもった、尊い石だという事なんだな。」
カザヤ 「もう一度、見せてもらっていいか・・・
ずっしりしているなあ。」
ソマユ 「私も、もう一回見たい。」
マユ 「私にも見せて。」
コヨウ 「その次、私。」
カタグラ 「おれも見たい。」
シロクンヌ 「ハハハ、ミツ、ヒスイ海岸は美しい所だぞ。」
ミツ 「でも私、歩くの遅いし、足手まといにならないかな・・・
やっぱり私・・・」
ハニサ 「そんなの大丈夫だよ。シロクンヌがいるんだもん。」
タカジョウ 「大体、大半が舟なんだろう?シロクンヌが全部漕いでくれるさ。
おれ達は船釣りを楽しんでいようや。」
シロクンヌ 「おいおい待ってくれ。タカジョウも漕いでくれよ。」笑いが起きた。
アシヒコ 「みやげ話を楽しみにしておるぞい。」
シオラム 「ミヤコの連中を、飛び越しでなぎ倒してやれ。」
サチ 「ミツ、一緒に行こう!きっと楽しいよ!」
ミツ 「うん!」