第208話 43日目②
帰り道。
先頭はササヒコで、その後にタガオを背負ったシオラム、ナジオ、
ハニサを背負ったシロクンヌ、サチと続いていて、
その後ろに、ヌリホツマを背負ったイナ、ミツ、オジヌ、イワジイ、テミユ、
エミヌ、サラを背負ったハギが、思い思いに歩いている。
ハニサ 「サチ、重くない?」
サチ 「私の所は重くないよ。父さんとナジオで、ほとんど持ってくれてる。」
ハニサ 「でもこんなの持ち込んだら、絶対みんなびっくりするよね。」
テミユ 「絶対びっくりするよ。私だって驚いたもの。
昔の人って薙ぎ倒しイノシシを狩りで仕留めてたの?」
ハニサ 「ねえイナ、シロクンヌと組めば、薙ぎ倒しを仕留められる?」
イナ 「無理よ。どんな武器だって、薙ぎ倒しの急所までは届かないわよ。
こないだの大イノシシが、弓矢の限界に近いのよ。
イノシシの皮って、硬いんだから。
斜めに当てても、矢は刺さらないわよ。
石の矢じりを漆と麻糸でしっかり矢柄に取り付けて、真っ直ぐに当てないと刺さらないの。
木の根の矢じりなんて跳ね返すわよ。
だから槍で突進したとしても、薙ぎ倒しには効かないわね。」
テミユ 「落とし穴に落とそうと思っても、掘るのが大変そうよね。」
イナ 「イノシシって物凄く強いのよ。一対一なら、オオカミなんて目じゃないの。
それが大ムロヤの大きさなんだから。
病で斃(たお)れるのを待つしか無いわね。」
サチ 「ウリ坊だって、ムロヤくらいの大きさがありそうだよ。」
ナジオ 「おれ、思うんだけど、こいつら、海の向こうから泳いで来たんじゃないかな?」
テミユ 「イノシシって泳げるの?」
ナジオ 「泳げるよ。海で泳いでいるのを見たことあるから。」
ハニサ 「今でも海の向こうには、薙ぎ倒しがいるの?
サチ、海の向こうに行った人、いるんでしょう?薙ぎ倒しの話は出なかったの?」
サチ 「そういう言い伝えは、聞いたことが無いけど・・・」
テミユ 「サチ、ちょっと交代してくれる?私も持ってみたい。」
サチ 「いいよ。」
テミユ 「今でもいたら、また泳いで来るかも知れないわよね。」
ハニサ 「怖いねー。でも海にはサメがいるんだ。
シロクンヌ、サメと薙ぎ倒しなら、どっちが強いの?」
シロクンヌ 「サメだと思うぞ。泳いでる薙ぎ倒しの腹を食うんじゃないか?」
ナジオ 「確かに海なら、大ザメの方が強いな。
大イカも、強いって言うけどな。」
足を真っ直ぐに伸ばせば、大ムロヤよりもデカいはずだよ。
その長い10本の足で、サメだってからめとるって言うぞ。」
エミヌ 「ナジオは大イカを見た事あるの?」
ナジオ 「無いよ。おれだけじゃなくて、今のシオ村には見た者はいない。
でもおれが子供の頃には、見たって言う年寄りが何人かいたよ。」
ササヒコ 「シオラム、今後の打ち合わせだが、ウルシ村で、塩を貯めておきたいのだ。」
シオラム 「村が出来て、人が増えた時に放出するのだな?」
ササヒコ 「そうだ。出来れば今の倍量の塩が欲しい。もう一村分だな。」
シオラム 「いずれはもっと必要になるだろうが、
当面はそうやって貯めておいた方がよさそうだな・・・
それ位なら何人かを塩作りに回せばすぐにもできるが、塩の礼はどうなりそうなのだ?」
ササヒコ 「そこなんだがな・・・食べ物が希望だろう?」
シオラム 「そうだな。10人が塩作りに回れば、10人分の食料が塩の礼だと思ってもらえばいい。」
タガオ 「人が集まって、落ち着いた後ならたやすいだろうが、
今の働き手でやるには大変ではないのか?」
ササヒコ 「ふむ・・・ドングリをもっと拾って・・・アク抜きの手間がなあ・・・」
ササヒコ 「ブナの実か!」
シロクンヌ 「ブナの実ならアク抜きは必要ないし、運ぶのも効率が良いだろう?」
タガオ 「ふむ。クルミは食える部分が少ないから、殻を運ぶようなものだ。
その点、ブナの実なら、籠に詰めた嵩(かさ)の半分が食える量だ。
殻も隙間も少ないから、運び損も少ない。」
ササヒコ 「大枝の松で、シカ村の者に渡せばいいな。」
シオラム 「ブナの実はシオ村で大人気だぞ。向こうにブナは生えて無いからな。
ツルマメ村辺りから向こうには少ないんじゃないか?
実のまま炒ってもいいし、粉に挽いてもいい。
今までの塩の礼に加えて、ブナの実をカゴで何杯か寄こしてくれれば、
そのブナの実分の塩を翌月から渡す手筈を整えておくよ。
塩街道の村々にも、そう説明しながら帰る。」
シロクンヌ 「実はな、オロチだが、その森に潜んでいるんじゃないかと思っているんだ。
だからおれは、オロチ捕縛の知らせが無ければ、明日そこに行くつもりでいた。」
ササヒコ 「そうか、ブナの実ならナマでも食える。
煙も立てんで済むから、身を隠そうと思えば最適だな。
ブナの実採りを兼ねて、明日、みんなで山狩りするのはどうだ?」
シオラム 「おれもその森を見ておきたい。帰るのを一日遅らせるか。」
タガオ 「ただ、ブナの実はクマの大好物だから、クマには気をつけてくれよ。」
ササヒコ 「ふむ。おそらくクマはおるだろうな。クマ狩りの準備もして行くか。」