サチ、家伝を語る① 第83話 13日目⑦
夕食の広場。続き。
シロクンヌ 「ここでヌリホツマに聞いておきたい。
サチを見て、何か見えるか?」
ヌリホツマ 「見えはするぞよ。
サチは皆の者とは、違う。」
シロクンヌ 「不吉なものが、何か見えるか?」
ヌリホツマ 「不吉なもの?
どういう意味じゃ?」
シロクンヌ 「だったらいいんだ。
サチ、おまえが伝え聞いておることを、ここで話せ。」
サチ 「はい、父さん。
私が聞いている話をお伝えします。
うんと昔のお話です。
以前アユ村で父さんがした推理の中で、当たっている所が多かったけど、
少し違っている所もあります。
沈んだ村は、《矢の根石の村》と呼ばれていました。
これは、父さんが言った通り、女だけの村です。
この村のカミの名は、アヤといいます。
私は、そのアヤの子孫です。
アヤの生まれはスワではなく、別の場所でした。
子供の頃から石削りが巧く、アヤの矢じりは祭りの贄(にえ)を射る矢に使われました。
アヤの矢じりは評判を呼び、
スワの村から、矢作りに長けた、一人の若者が訪ねて来ました。
やがて、アヤと若者は結ばれました。
そして若者は、アヤの地で暮らし始めました。
若者の名は、伝わっていません。
アヤには他に、石削りに長けた姉妹が三人いました。
その四姉妹を頼って、石削りを学びたいという者が、何人も訪れるようになりました。
アヤは、弟子を取ることにしたのですが、
中には学ぶ気などなく、四姉妹の美しさに惹かれただけの者も現れるようになりました。
以来アヤは、女しか弟子にしないと決めました。
アヤと若者は相談し、スワに引越すことにしました。
スワの地は、川をさかのぼったり、谷あいを進んだり、
そうやってたどり着くことができる、分かり易い場所です。
遠くからも、迷わずに来ることができます。
黒切りの採掘場も近くにあるし、
何より湖のほとりに、歩けば胸まで埋まる広大な泥地があるのを、若者は知っていました。
若者はスワの村に戻り、その泥地に女だけでも住める村を作ることにしました。
湖と泥に囲まれて、けものが近づけない村です。
それは湖岸に沿った、細長い村でした。
若者は村の者と協力し、山からたくさんの樹を切りだして、長い杭を作りました。
それで筏(いかだ)を組んで漕ぎつけて、筏をバラして、泥に打ちこみました。
砂利を敷いて地固めし、その上に砂をまいて歩きやすいようにしました。
そして小屋を立てて住めるようにしました。
こうしてスワの湖のほとりに、アヤの村、矢の根石の村はできました。
若者は生まれた村で矢作りを始め、やがてそこが、千本征矢の村と呼ばれます。
その頃は、今よりもとても寒かったので、
冬が長く、冬には湖も泥も、すべてが凍ってしまいます。
するとオオカミが襲って来るかも知れません。
それに手がかじかんで、石削りはとても無理です。
だからアヤの村は、夏場の村でした。
夏場に石削りを学ばせる村です。
春が来ると、遠方から娘たちがやって来て、村で石削りを学び、
秋の終わりには自分達が作った矢じりを持って、故郷に帰ります。
その間は、一切、男の人には会えません。
娘たちが子を宿してしまって、故郷に帰れなくなると困るからです。
村への行き来は舟でしたが、若者の村の女達が食料を運んでいました。
アヤ達四姉妹は、冬は若者の村で矢作りをしました。
こうして長い年月が経ちました。
アヤの村では一本の白樺の樹が大きく育っていました。
そうした秋の終わり、村を閉じようとしている矢先に、大地震に襲われました。
娘たちは、全員、まだ村にいました。
ここからが、父さんの推理と少し違う所です。」