第147話 22日目⑦
夕食の広場。続き。
ヤッホ 「でも実際、アコの滑りにもみんなの関心が行っていたよな?」
ハギ 「アコは絶対、一発目からかなり飛ぶはずだよ。自信があるだろう?」
アコ 「自信はあるよ。サチやオジヌと勝負してみたいけどね・・・」
ヤシム 「アコ、ひょっとして・・・そうなの?」
アコ 「ハニサのとこみたいに、光れば分かりやすいけどね。」
ハニサ 「え? アコも?」
アコ 「まだ分からないよ。たまにだけど、こういう事もあったんだ。」
ササヒコ 「おいおい、良い知らせかも知れんのだな?」
シロクンヌ 「テイトンポ、やったじゃないか! 良かったな!」
アコ 「だから、まだ分からないって。」
テイトンポ 「何だ? シロクンヌ、何のことだ?」
アコ 「何言ってるんだい! あんだけの事をしておいて! 毎日何度もしただろう?」
ムマヂカリ 「ブフッ、テイトンポ、子供だ。
アコが、おめでたかも知れんって話だ。」
テイトンポ 「本当か!
おれにも、子が出来るのか!
あ! まだ分からんのだな?
だが、出来ておるのかも知れんのだな?
シロクンヌ! おれにも、子が出来たかも知れんのだぞ!
何とか言ったらどうだ!」
シロクンヌ 「だからさっき、良かったなって言ったじゃないか。」
テイトンポ 「そうかー! アコがやってくれたか!
いや、まだ、もしかすると、ということだな?」
シロクンヌ 「完全に舞い上がっておるな。」
クマジイ 「気付けじゃ、グイっといけい!」 テイトンポはグイっといった。
テイトンポ 「すまん! 助かった。ハァハァ。
アコ、いずれにしても、体を大事にしろ。
あーもしかすると、おれの子が産まれて来るのかも知れんのだな?
そうか。もしかすると、だがな。」
ヤシム 「アコ、良かったね、こんなに喜んでもらえて。もしかすると、だけど。」
アコ 「うん。良かった。」
大ムロヤ。
ササヒコ 「疲れておるのに呼び立ててしまってすまんな。サチは眠くはないか?」
サチ 「はい。眠くない。」
ササヒコ 「実はさっき、カタグラとミヤコの話をしておって、
まあ、スワには新たに村ができそうか?
という話から始まって、スワの湖の舟の話になった。
今、スワの湖には、どれくらいの舟があるのか?といった話だ。」
カタグラ 「全体でいくつかは、おれもハッキリとは知らんが、
アユ村だけで言えば、葦舟(あしぶね)は4艘。筏(いかだ)は2艘だ。漁と移動に使う。
櫂(かい)と竿(さお)を使い分けておるが、葦舟は二人乗りだ。
スワで見かける葦舟は、二人乗りか三人乗りだな。
しかし今後は人や物の移動が増えるだろうから、それでは足りんと思うんだ。
それで、もし知っておれば、丸木舟の作り方を教えてもらえんか。
丸木舟であれば、5人で漕いだりもできるだろう?
材木を曳(ひ)くには、丸木舟だと聞いたことがある。」
ササヒコ 「シオラムは、丸木舟を作った事があるのか?」
シオラム 「手伝った事はあるぞ。たまにだがな。
ナジオは結構手伝ってるぞ。なあ?」
ナジオ 「うん、まあね。」
ササヒコ 「シロクンヌとサチは?」
シロクンヌ 「おれはいくつも自分で作ってるよ。ヒワの湖でも、海でも。」
サチ 「私は、手伝った事があるだけ。」
ハニサ 「サチって何でもやってるんだね。」
サチ 「でも舟の事は、詳しくは知らないの。」
シオラム 「シロクンヌのやり方を聞いてみたいが。」
ナジオ 「おれもそれは、是非聞きたい。」
シロクンヌ 「ああ、いいよ。
いろいろな作り方があるだろうが、
もしおれが、スワの湖で使う5人乗りの運搬用の丸木舟を作るなら、で話をするぞ。
長さで言えば、11回し(7m70cm)だ。」
カタグラ 「大きいな! 分かった、それで頼む。」
シロクンヌ 「5人乗りだから、5人がかりの作業だとおもってくれ。使うのは、杉だ。
木目が通っているのはもちろんだが、出来るだけ日当たりの良い場所に生えた物を選ぶ。
斜面ではなく、たいら面に生えている物が理想だ。樹にクセが少ない。
そして舟にするのは、その樹の南面だ。だからまず、立ち木のうちに北面の皮を剥ぐ。」
カタグラ 「質問いいか? 南面の意味は?」
シロクンヌ 「南面と北面とでは、木の重さが違う。北の方が重い。
目が詰まっているからな。その分、硬い。
だから一番いかんのは、東面や西面で作る事だ。釣り合いが取れない。
右や左に傾いてしまう。
そして南面は軟らかく、加工がしやすい。
その分、もろいとも言えるが、波の少ない湖で使うならば十分だ。」
シオラム 「そこまでは一緒だな。海使いでは、北面を選ぶ事もある。樹によってだな。」
シロクンヌ 「うん。伐り倒す時の感触で判断する。
だが知っているだろうが、杉の横切りは難儀だぞ。
栗の木のような訳にはいかん。木筋がなかなか断ち切れんのだ。
そして切り倒してからは、時間との勝負だ。乾くほどに、作業がはかどらなくなる。
11回しが取れる位置で切断し、南面を下にして横たえる。
切断面を整え、楔(くさび)を打ち込んで丸太を割く。半分よりも上で割くんだ。
割けたら、ひっくり返す。そして白太(しらた。辺材)は全部削り取る。」
シオラム 「白太を削り取るだと?
おれ達は、赤身(あかみ。心材)を削り取って、白太で舟を作っているぞ。
赤身で舟を作ろうと思えば、相当太い樹が必要だぞ。」
シロクンヌ 「白太で作られた舟が多いのは、おれも知っている。
だが、赤身の方が腐りにくいんだ。衝撃にも強い。
樹が太い分、切り倒すのが難儀なのだが、おれなら赤身を使う。」
カタグラ 「分かった。続けてくれ。」
シロクンヌ 「白太を取り除いたら、再びひっくり返して、そこからはひたすら削りだ。
手斧(ちょうな)や鹿の角を使って、ひたすらに削る。
まあ、削るだけでなく、大きく剝ぎ取った方が効率はいいが、
その辺は知っておるだろうから、説明は省く。
外側も削って舟の形がほとんど仕上がったら、湖のそばの砂地に運ぶ。
そして火を熾し、舟には水を満たす。」
ナジオ 「え? もうそこで、儀式をするのか?」
シロクンヌ 「そうじゃない。舟の横幅を広げて、前後が上に持ち上がる感じで反らすんだ。」
シオラム 「なんだと! それは知らんぞ。」
ナジオ 「どうやれば、船縁(ふなべり)が広がるんだ?」
シロクンヌ 「舟に溜めた水に、焼き石を入れるんだ。焼き石はたくさん使うぞ。」
シオラム 「曲げ木か!」
シロクンヌ 「そうだ。理屈は同じだな。だから外側にも湯をかける。
中の湯を櫂(かい)のような物でかき回し、こぼすんだ。あふれされるんだよ。
そして舟の中には水を継ぎ足す。」
カタグラ 「だから焼き石がたくさん要るんだな。そこからどうやって曲げるんだ?」
シロクンヌ 「無理には曲げない。そうしてるうちに、湯の重みで自然に広がるんだ。
船縁が広がれば、前後は上に持ち上がる。少しだけどな。
だがその少しの上がりのお陰で、漕いだ時の速さは速くなる。」
シオラム 「なるほど! 確かにそうなるだろうな。」
シロクンヌ 「後はそのまま冷まして、次の日に水を抜く。
そして、細かい部分の仕上げをする。
あと、乾かすのは、向きを変えたりしながら均等に乾くようにするのが大事だ。
最後に木の表面をすべて薄っすら焦がして腐りにくくする。
これは、ミズのイエからシロのイエに伝わったやり方だよ。」
ササヒコ 「うーむ。イエというものが蓄えた知恵は、計り知れんものがあるのだな。」
カタグラ 「うむ。貴重な事を教わった。ありがとうな、シロクンヌ。」